新規事業の創業チームはどう組むか|N+E+Kと2人が最強の論理
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新規事業の創業チームは「Willが同じで、役割の異なる、少人数を選ぶ」のが王道である。必要な力はN(Network)・E(Execution)・K(Knowledge)の3要素であり、1人で全てを担う必要はない。100事業100通りという前提のもと、人数と役割の2軸で設計する(麻生要一『新規事業の実践論』第3章)。
新規事業を立ち上げると決めたリーダーに、最初に課せられる意思決定がある。「誰と組むか」である。
私はこの10年以上、260社を超える大企業の事業創出と、23,800を超える事業プロジェクトの伴走をしてきた。その中で繰り返し目にしてきた事実がある。創業メンバーの選び方を間違えたチームは、立ち上げの初期で時間とエネルギーの大半を内部の合意形成に費やし、肝心の事業開発が前に進まない。最悪の場合、走り出してからメンバーを入れ替えることになり、プロジェクトそのものが一時停止する。
だからこそ、2019年に上梓した『新規事業の実践論』(以下、実践論)では第3章をまるごと「創業メンバーの選び方」に充てた。「最初にして最大の課題」と位置付けた理由は、この決定が後の全ての展開を規定するからである。
本記事では、実践論第3章で提示した創業チーム編成の方法論を、現時点での私の見立てを交えながら整理し直したい。N+E+Kという3つの力の構造、人数の論理、役割分担、機能するパターンと機能しにくいパターン。そして、AI時代に入った今、この方法論がどう更新されるのか、されないのかについても触れる。
100事業100通り、という前提
最初に、本記事の前提を明示しておきたい。
創業メンバーの選び方に「唯一の正解」はない。立ち上げる事業の領域によっても、リーダーのキャラクターやスキルによっても、最適なチーム構成は変わる。
私は伴走の現場で何度も、教科書的には「機能しにくい」と整理されているチームが、現実には事業を立ち上げてしまう場面に出会ってきた。逆に、教科書的には完璧なチームが、ある段階で空中分解することもある。
100事業あれば、100通りの創業チームの組み方がある。これが私の現時点での見立てである。
だから本記事は「あなたのチームはこう組むべき」というテンプレートではない。「考え方の軸はこうだが、最終的な判断は事業の文脈による」という、軸の提示として読んでいただきたい。
Willが同じで、役割の異なる、少人数を選ぶ
その上で、王道として整理できる考え方は存在する。
実践論第3章で提示した一文がある。
「Willが同じで、役割の異なる、少人数を選ぶ」
この一文に、創業チーム編成の本質が凝縮されている。
Willとは、新規事業を立ち上げるリーダーが抱く「これを世の中に届けたい」という強い意志である。Willが同じであるとは、事業の北極星を共有しているということだ。役割が異なるとは、各メンバーがチームの中で別の能力を発揮しているということ。少人数とは、文字通り、人数を絞っているということ。
ここから本記事は、人数と役割の2軸に分解して論じていく。
人数の論理 ── 3つの要素と、増え方の違い
まず人数から考える。
創業チームの強さを構成する要素は3つある。
① コミュニケーション・スピード
ひとつの事実や情報を、どれだけ早くチームメンバー全体に共有し、議論と思考を深められるか。新規事業の立ち上げ段階では、処理しなければならない情報量が膨大になる。しかも、その情報の大半は「既存事業では触れたことがない新しいもの」である。同じ言葉でも、文脈によって意味が変わる。だから共有・議論には時間がかかる。
この要素は、人数が少ないほど高速になる。
② チーム・レジリエンス
創業期は、心理的にも肉体的にも極限のストレスがかかる。仮説が崩れる、顧客に断られる、社内の決裁が通らない、というイベントが連日続く。一人が折れたとき、他のメンバーが支える力がチーム・レジリエンスである。
この要素は、人数が多いほど強くなる。
③ マンパワー
膨大な業務量を処理する人手。ヒアリング、資料作成、決裁取り、プロトタイプ構築、社内調整。やるべきことは無限にある。
この要素も、人数が多いほど増える。
ここまで読むと、「では人数を増やせばいいのではないか」と思うかもしれない。しかし、ここに人数論の核心がある。
3つの要素の、増え方が違う。
マンパワーは、人数に対して比例して増える。2人から4人にすれば、概ね2倍になる。
チーム・レジリエンスも、おおよそ人数に対して線形に強くなる。
ところが、コミュニケーション・スピードは、人数に対して指数関数的に下がる。
2人なら、コミュニケーション経路は1本である。3人なら3本、4人なら6本、5人なら10本、6人なら15本になる。経路の数は人数の二乗オーダーで増える。そして経路が増えるほど、情報の温度差が生まれ、伝達ロスが起き、同じ会議の同じ場面を共有していないメンバーが混じり、議論の前提を揃え直す作業が必要になる。
マンパワーは線形、コミュニケーション・スピードは指数関数的。この非対称性が、人数論の全てを決める。
「2人が最強」という感覚値
私の感覚値を率直に書く。
2人が最強である。
1人では、マンパワーとレジリエンスが足りない。創業期の業務量を1人で処理しきるのは現実的ではないし、何より精神的に折れる瞬間を支える相手がいないことが大きい。
3人を超えると、コミュニケーションが指数関数的に複雑化する。「あの話、聞いてた?」「いや、その場にいなかった」という瞬間が頻発する。情報の温度差を埋める作業に、思考の最良の部分を吸い取られていく。
2人なら、コミュニケーションがほぼ即時で行える。一方が顧客ヒアリングから戻ってきて、もう一方に5分話せば、ほぼ全ての情報が共有される。意思決定の合意も、その場で完了する。マンパワーは確かに少ないが、議論の往復回数を考えると、3〜4人チームより実質的な進行速度は速い。レジリエンスも、お互いが「もう一人がいる」という事実に支えられる。
これは私の感覚値であり、定量的に証明できるものではない。しかし、260社以上の伴走の中で繰り返し見てきた経験的な仮説として、ここに置いておく。
「4人以上のチームはほぼ機能しない」
実践論で書いた、もう一つ強い主張がある。
新規事業の立ち上げ期において、4人以上のチームは、ほぼ機能しないと思ってよい。
具体例で考えてみたい。5人で創業チームを組んだ場合、何が起きるか。
まず、5人全員のスケジュールを合わせるだけで日程調整が難航する。週に1〜2回のミーティングを設定するのが精一杯になり、それ以外の時間は非同期で進む。ある一人が重要な顧客ヒアリングから戻ってきても、その情報が他の4人に届くのは数日後である。届いた頃には、ヒアリングしてきた本人の中での解釈や温度が抜け落ち、議事録上の事実だけが残る。
議論の前提が揃わないまま会議が始まる。ある人は今週の顧客の声を踏まえて議論したい。別の人は先週の社内会議で出た指摘を踏まえて議論したい。さらに別の人は事業計画の数字を詰めたい。論点が3〜4方向に分散し、結論が出ないまま時間切れになる。
このパターンを、私は数え切れないほど見てきた。
ここで一つ但し書きをしておく。「4人以上のチームはほぼ機能しない」というのは、あくまで王道の整理である。100事業100通りの世界では、4人以上で立ち上がった事業も実際にある。私の伴走経験の中にも、その例は存在する。だから「絶対に4人以上にしてはいけない」という命題ではない。「2人が最強で、3人までが現実的、4人以上は構造的に難しくなる」という、考え方の軸である。
それでも、迷ったら少なくする。これが私の現時点での助言である。
N+E+Kの3つの力
次に、役割の側に移る。
創業チームに必要な能力は、3つに整理できる。
- N:Network(ネットワーク) ── 異分野をつなぎ、ネットワークする力
- E:Execution(エグゼキューション) ── あらゆる業務を、圧倒的に実行し、やりきる力
- K:Knowledge(ナレッジ) ── 深く広い知識と教養を、継続的に身につけていく力
この3つを、私はN+E+Kと呼んでいる。創業チームを設計する際の、最も核となるフレームである。
順に見ていく。
N:Network ── 異分野をつなぎ、ネットワークする力
Networkとは、人と人をつなぐ力、特に「これまで交わらなかった異分野の人々の間でゼロから信頼関係を構築する力」である。
なぜこれが必要か。現代は、産業の垣根が融解していく時代だからである。
一昔前なら、金融業は銀行・証券会社が担う産業領域だった。通信業は携帯通信会社が担う産業領域だった。両者の間には垣根があった。ところが今は、通信会社が金融業を始める時代である。製造業がサービス業に踏み込み、小売業がメディア業を兼ねる。新しい価値の創造は、これまで交わらなかった組織・産業・セクターの間で起こるケースが、体感値としても明確に増えている。
その垣根が融解する部分こそが、新規事業が狙うべき「世界を変えられる」領域である。だから、異分野をネットワークできる人材が、創業チームに不可欠になる。
ここで強調したいのは、Networkは「名刺交換をする力ではない」ということだ。
これまでの日本男性社会の常識であった、肩書きでのコミュニケーションとは一線を画す。「○○株式会社の部長」として名刺を渡し合っただけの関係からは、深い課題も、本当に重要な話も出てこない。新規事業で必要なのは、人として、個人としてフラットに人と付き合うことのできる力。価値観の違う相手を尊重し、関係を作る力。形式的な肩書きを脱いだ後でも会話が続くような、ゼロから信頼関係を構築する力である。
Networkを持つ人は、異分野の人と話していると、相手が普段は社内で口にしないような本音や課題を、自然に引き出すことができる。それが新規事業の起点になる。
E:Execution ── 圧倒的に実行し、やりきる力
Executionとは、あらゆる業務を、圧倒的に実行し、やりきる力である。
どれだけ大きなビジョンを語り、魅力的な事業アイディアを生み出せても、それを形にする過程は「あらゆる細かな作業」と「局地戦での勝利」の積み上げである。大量の書類、大量の日程調整、大量の会議、大量のメール・メッセンジャー。局地的な交渉で勝利を積み重ね、ときに起こるクレームを適切に処理し続ける。限りある時間の中で積み上げ、やりきっていく。この力がなければ、どんな構想も机上で終わる。
Executionの培い方について、私の見立てを書いておきたい。
最も確実な道は、今、目の前にある仕事で圧倒的な成果を出すことである。既存事業の現場こそが、Executionを身につける最高のフィールドだと私は考えている。新規事業開発もいつかは既存事業のような巨大な事業になっていく。その完成形である既存事業の業務プロセスにおいて圧倒的な成果を出すべく頑張ることで、Executionは自然と身についていく。
「既存事業はつまらない、新規事業をやりたい」という若手によく出会う。気持ちはわかる。しかし既存事業の現場でやりきれない人が、新規事業の現場でやりきれることは、構造的にほぼない。
K:Knowledge ── 深く広い知識と教養
Knowledgeとは、深く広い知識と教養を、継続的に身につけていく力である。
新規事業開発は「これまで手がけたことのない領域」において何かを生み出す活動である。だから最も重要なのは、私が「無知の知」と呼ぶ感覚、つまり自分が「何を知らないのかを知る」ことができる力である。
無知の知を支えるのは、すべてのベースとなる「教養の厚み」と、取り組もうとする領域に関する個別の知識(業界慣習、既存プレイヤーの動向、歴史、関連諸法規)である。
ここで日本のビジネスパーソンに広く共通する課題がある。日本のエリート教育は早い段階で文系と理系を分離する。その結果、多くの日本のビジネスパーソンの教養や知識は、「狭く閉じている」(そしてそれが美学とすらなっている)。
新規事業のリーダーが育てるべき教養は、もっと広い。哲学・宗教学、科学・化学、数学、美術学、世界史・日本史、論理学などの基礎的な教養。経済・金融、生命科学、宇宙科学など、文系理系を越境する知識。
私自身、ゲノムクリニックという遺伝子解析事業を立ち上げた経験がある。この事業は、先端テクノロジーと深い倫理的な議論を併せ持つ分野で、生命科学の基礎知識から、医療法規、倫理学、社会的議論の文脈まで、多面的な知識と見識が不可欠だった。Knowledgeのない状態でこの事業に踏み込んでいたら、最初の数ヶ月で空中分解していたはずである。
Knowledgeは「専門知識」だけを指すのではない。教養の厚みと、領域特有の知識の両方を、継続的に身につけていく姿勢そのものを指している。
NEKが欠けた場合に何が起きるか
3つの力が揃っていない場合、何が起きるか。実践論で整理したパターン分析を、ここに置いておく。
1つだけある場合
- Nだけ: 「飲み会では話が盛り上がったのに」「いつもイベントだけやっているよね」状態になり、そこから何かが生まれることはない
- Eだけ: 数字は作れるし、そこそこの規模にはなる。しかし「何かの二番煎じ」「どこかで見たことがあるものの焼き直し」になる
- Kだけ: 評論家的に第三者的意見を述べることはできても、主体者として新しい価値の創造の起点になることはない
2つあって1つ欠けた場合
- Nが不足(E+K): 既存知識と実行力で進むため事業にはなる。しかし、これまでにない新しい切り口に欠ける。どこか既視感のある事業になる
- Eが不足(K+N): 画期的なプロジェクトがリリースされる。しかしリリース後に形にならない
- Kが不足(N+E): 上記2つと比較すると、もっとも一定レベルまで育つことが多い。しかし基本的な落とし穴にハマって足元をすくわれたり、社会的議論に耐えられずモデル変更を余儀なくされ、結果として小さくまとまる
3つ揃って初めて、新規事業は本来のスケールに到達する可能性が開かれる。
NEKを全て1人で持つ必要はない
ここで重要な命題がある。
3つの力は、まったくジャンルが異なる能力である。そのすべてを「1人で担保すること」は大変難しく、そしてその必要もない。
目指すべきは「チームとして揃っている状態」を作ることである。
ここに、創業チーム設計の最も巧妙な罠が潜んでいる。
それぞれの能力を持つ人は、(そのほうが思想が近くて気持ちよいため)同じ能力を持つ人のみでチームを作ってしまうことが多い。
Networkを持つ人は、Networkを持つ別の人と組みたがる。話が合うし、価値観が近いからである。Executionの鬼は、Executionの鬼と組みたがる。仕事の進め方が似ているからである。Knowledgeの厚い人は、Knowledgeの厚い人と組みたがる。会話の知的密度が心地よいからである。
しかし、これでチームを組むと、3つのうちどれか1〜2が完全に欠落することになる。
新規事業の創業チームに必要なのは、異なる能力をリスペクトし、巻き込んでいくことである。NはEとKを、EはKとNを、KはNとEをリスペクトする。1つのチームの中で、それぞれの力が必要なだけ発揮される状態を作る。
これは口で言うほど簡単ではない。なぜなら、人は自分が持っていない能力の価値を、本質的には理解しにくいからである。Networkに長けた人から見ると、Knowledgeに偏った人は「机上の空論ばかりで現場感がない」ように映る。逆も然り。お互いをリスペクトするには、まず「自分が持っていない能力を、自分が低く見積もりがちである」という構造に気づく必要がある。
代表的な創業チームのパターン
ここまでの整理を踏まえて、実践論第3章で示した代表的なチーム構成パターンを紹介する。
機能するパターンと、機能しにくいパターンの両方を見ていく。
機能するパターン
① CEO-CTOパターン
製品開発に要する技術が外部委託できない場合に最適な構成。CEOがNetworkとKnowledgeの一部を担い、顧客と市場に向き合う。CTOがExecutionの中核として、技術的な完成形を作り込む。SaaSやディープテック領域で最も多く見られる王道パターン。
② CEO-COOパターン
複雑な業務工程の立案が外部委託できない場合に有効な構成。CEOが事業全体の方向性と外部関係を担い、COOが内部のオペレーション設計と実行を担う。BPaaSや物流、サービス業の新規事業で多く見られる。
③ CEO-CPOパターン
顧客の声の代弁者が必要な場合の構成。特にヘルスケア、MaaSなど、規制緩和が重要なテーマで力を発揮する。CEOが事業の構造を作り、CPO(Chief Product Officer)が顧客側の文脈と専門知識を持ち込む。
④ CEO-CTO-COOパターン
①と②の組み合わせ。製品開発と業務工程の両方が外部委託できない場合の3人構成。3人になると先述の通りコミュニケーション・スピードが落ち始めるが、製品と業務の両方が複雑な場合は3人構成が現実的な解になる。
⑤ CEOのみパターン
1人で2役・3役を担えるハイスキルなCEOの場合に成立する構成。NEKを高い水準で1人に内包している人材は実在する。ただし、後述する通り、レジリエンスの欠如が常に課題になる。
機能しにくいパターン
機能しにくい、と整理されるパターンも紹介しておく。ただしこちらも100事業100通りの原則は変わらないので、「絶対に機能しない」のではなく「構造的に難しくなる」と理解してほしい。
① Co-CEOパターン(役割がほぼ完全に被っている)
同じ役割を持った2人の創業リーダーが並び立つ構成。最初は勢いよく進むものの、ある段階で空中分解することが多い。理由は明確で、同じ役割を持った2人の「ちょっとした意見の違いを埋める」ために、創業期の貴重な労力と時間を使ってしまうからである。新規事業の現場では、答えのない意思決定が連日発生する。同じ役割の2人がそれぞれ別の判断を持っていると、その差を埋める議論が無限に続く。
② CEO不在パターン(CTO-COOなど)
「顧客の声を大量に集める」役割が欠如するパターン。サラリーマンが新規事業を立ち上げる場合のチーム編成で、もっとも多く見られる失敗パターンである。技術力と業務設計力は揃っているのに、顧客と向き合う中心が不在のため、「世の中の誰も必要としていない立派な製品」ができ上がる。プロダクトは美しいが、誰も買わない。
③ CEO-CPO-COO-CTO-他パターン(人数過多)
最初から役割を細分化して4人以上で立ち上げるパターン。コミュニケーション・スピードが構造的に遅すぎる。役割の細分化は事業がスケールしてから行うべきで、創業期は「これだけは絶対に外部に委託してはいけない」という役割を絞り込み、最小チームで編成すべきである。
繰り返すが、Co-CEOパターンで成功した事業もあるし、4人以上で立ち上がった事業もある。100事業100通りなので、機能しにくいパターンが絶対に機能しないわけではない。それでも、構造的に難しい、という事実は知っておいたほうがいい。
変革人材と人的資本インフラへの接続
ここまで、創業チームの内側の話をしてきた。「すでに揃った2〜3人で、どう事業を立ち上げるか」という視点である。
しかし、ここで一歩引いた視点を入れておきたい。
そもそも、NEKを備えた人材は、組織のどこから現れるのか。
実践論を上梓した後、私は経営論の側で「組織が変革人材を育てる枠組み」を論じてきた。変革人材とは、本記事でいうNEKの3つの力を備えた、新規事業を立ち上げられる人材である。そして、組織が変革人材を発掘・育成する仕組みを、私は「人的資本インフラ」と呼んでいる。
人的資本インフラは、変革人材を「偶然出現する個人」として扱うのではなく、「組織が継続的に発掘・育成する資産」として扱う考え方である。POT Assessment(変革人材アセスメント)のような可視化の仕組みを使って、組織内に眠っているNEKの素地を持つ人材を発掘し、適切な経験を積ませることで、創業リーダーになれる人材を継続的に生み出す。
詳しくは別の機会に譲るが、創業チームを組む際に、組織として「そもそも誰がNEKを持っているのか」を可視化できているかどうかは、長期的な事業創出力を決定的に左右する。
AI時代における創業チームの組み方
最後に、AI時代の含意に触れておきたい。
書籍『新規事業の実践論』を上梓したのは2019年である。それから6年以上が経ち、AI技術は当時とは別物と言っていいほど進化した。資料作成、調査、要約、コーディング、デザイン。これらの業務をAIが一定水準で担えるようになり、創業期のマンパワー不足は、確実に緩和されつつある。
では、N+E+Kの方法論は、AI時代に古くなったのか。
私の現時点での見立てはこうである。NEKの重要性は変わらない。むしろ、強化される。
理由を3つ書いておく。
第一に、AIが担えるのはExecutionの一部だということ。資料を整える、議事録を要約する、コードのテンプレートを書く、調査を高速化する。これらは確かにAIで加速できる。しかし、Networkの中核である「異分野の人とゼロから信頼関係を構築する」という営みは、依然として人間の仕事である。Knowledgeの中核である「無知の知」、つまり自分が何を知らないのかを知る感覚も、AIには代替されない。AIが担えるのはExecutionの一部であり、NとKは人間が担う必要が変わらず残る。
第二に、AIでExecutionを加速できる時代だからこそ、NとKの能力差がチームの成否を分けるということ。全員が同じAIツールを使える時代に、最終的にチームの優劣を決めるのは、NetworkとKnowledgeの厚みである。同じAIに、同じ指示を出しても、出てくる仮説の鋭さは、指示する側のKnowledgeの厚みで決まる。同じAIで作った資料を、誰に、どんな関係性で渡すかは、Networkの質で決まる。
第三に、AIによってCEOのみパターンが成立しやすくなる可能性があるということ。書籍を上梓した当時、CEOのみパターンは「1人で2役3役を担えるハイスキルなCEOの場合」と限定的に位置付けていた。AIがExecutionの一部を担う時代には、この成立条件が緩和される。1人のCEOが、AIを最強の実行パートナーとして使い、自身はNetworkとKnowledgeに集中する、という構成が現実的な選択肢になり得る。
ただし、これは「2人が最強」を否定する話ではない。レジリエンスの問題は依然として残る。AIは仮説を否定してくれるが、深夜に折れそうになっている時に支えてくれる存在ではない。1人で立ち上げる選択肢が広がったとしても、2人で立ち上げる強さは変わらない。
そして、100事業100通りの原則は不変である。AIが進化しても、事業の領域もリーダーのキャラクターも、依然として一つひとつ異なる。テンプレートで創業チームが組める時代は、おそらく永遠に来ない。
AXアーキテクトへの接続
もう一つ、AI時代の文脈で接続しておきたい論点がある。
AlphaDriveでは、AI時代の事業開発を担う人材を「AXアーキテクト」として体系化している。AXアーキテクトの能力構造は、土台層と上位層の二層で整理される。
- 土台層:BA能力(ビジネスアーキテクト能力 = 変革人材 = NEKの3つの力)
- 上位層:AI能力(AI Sprint / AI Orchestration / FPL)
つまり、NEKは古くなったのではなく、AXアーキテクトという新しい人材像の土台層に位置付け直された、ということである。AI能力は、NEKの上に積み上がる。NEKがないところにAI能力だけを乗せても、事業は立ち上がらない。
詳しくは AXアーキテクト の整理を参照してほしい。本記事の文脈で重要なのは、AI時代でも創業チームの土台はNEKで変わらない、という事実である。
創業チームを組むあなたへ
ここまで読んでくださった方は、おそらく今、創業チームの編成を目前に控えているか、すでに組んだチームに違和感を抱えているか、これから組むべきチームを想像しているか、のいずれかだろう。
私が最後に伝えたいことは2つある。
一つは、迷ったら少人数を選ぶ、ということ。マンパワーは後から増やせる。コミュニケーション・スピードは、一度失ったら取り戻せない。
もう一つは、NEKのうち、自分に欠けているものを正直に認める、ということ。自分はNetworkに強いがKnowledgeが薄い、自分はExecutionの鬼だがNetworkが苦手、という自己認識ができた瞬間に、組むべき相手の輪郭が見えてくる。
100事業100通りである。あなたの事業の創業チームは、あなたしか設計できない。本記事が、その設計の軸として何か手がかりになれば、それで本望である。
よくある質問
Q1. なぜ「2人が最強」なのですか?3人や4人では機能しないのですか?
主たる理由は、コミュニケーション・スピードとマンパワーの増え方の非対称性にある。マンパワーは人数に対して比例して増えるが、コミュニケーション・スピードは指数関数的に下がる。2人ならコミュニケーション経路は1本だが、3人で3本、4人で6本、5人で10本と二乗オーダーで増えていく。新規事業の創業期は処理すべき情報量が膨大で、しかも既存事業では触れたことのない新しい情報が中心になるため、共有・議論に時間がかかる。この情報共有のスピードを最大化できるのが2人構成である。3人を超えると、コミュニケーションが指数関数的に複雑化する一方、マンパワーは線形にしか増えない。ただし「100事業100通り」であり、3人以上で立ち上がる事業も実際にある。あくまで王道としての考え方である。
Q2. NetworkとKnowledgeの違いがわかりにくいです。具体的には何が違うのでしょうか?
Networkは「人と人をつなぐ力」、特に異分野の人々の間でゼロから信頼関係を構築する力である。一方Knowledgeは「知識と教養の厚み」であり、特定領域の専門知識と、文系理系を越境する基礎教養の両方を指す。例えば、ある業界の重要人物と継続的に深い対話ができる関係を作るのがNetworkで、その対話で出てきた内容を正しく文脈化し、自分が何を知らないかを見極めるのがKnowledgeである。Networkは「誰と話せるか」、Knowledgeは「何を知っていて、何を知らないかを知っているか」の差と考えるとわかりやすい。重要なのはNetworkが「名刺交換をする力ではない」ということ。肩書きでのコミュニケーションを超えた、個人としてフラットに人と付き合える力を指す。
Q3. Co-CEOパターンは絶対に避けるべきですか?
「絶対に避けるべき」ではなく「構造的に難しくなりやすい」と整理している。同じ役割を持った2人の創業リーダーが並び立つと、ちょっとした意見の違いを埋めるために創業期の貴重な労力と時間を使ってしまう傾向がある。新規事業の現場では、答えのない意思決定が連日発生するため、同じ役割の2人がそれぞれ別の判断を持つと、その差を埋める議論が無限に続きがちである。だから多くの場合、最初は勢いよく進んでも、ある段階で空中分解する。ただし100事業100通りであり、Co-CEOで立ち上がった事業も存在する。役割を明確に分担し、最終決定権を片方に集中させる工夫ができていれば、機能する可能性は残る。
Q4. AI時代に入って、N+E+Kは古くなったのではないですか?
私の現時点での見立てでは、NEKの重要性は変わらない、むしろ強化される。理由は3つある。第一に、AIが担えるのはExecutionの一部に限られる。Networkの中核である「異分野の人とゼロから信頼関係を構築する力」と、Knowledgeの中核である「無知の知」は、依然として人間の仕事である。第二に、全員が同じAIツールを使える時代には、AIへの指示の質や得られた出力の解釈で差がつくため、NとKの能力差がチームの成否をより強く決定するようになる。第三に、AIがExecutionを加速できる時代だからこそ、CEOのみパターンが成立しやすくなる可能性がある。1人のCEOがAIを実行パートナーとして使い、自身はNとKに集中する構成が現実味を増している。ただし、レジリエンスの問題は残るため、2人が最強である構造そのものは変わらない。
Q5. NEKを全て備えた人材を探そうとしていますが、なかなか見つかりません。どうすればよいですか?
その探し方そのものが、間違っている可能性が高い。NEKの3つの力はジャンルが大きく異なる能力で、それを1人で高い水準で備えている人材はほとんど存在しない。重要なのは「個人として全てを備えること」ではなく「チームとして揃っている状態」を作ることである。よくある罠は、同じ能力を持つ人同士でチームを組んでしまうこと。Networkの強い人はNetworkの強い人と組みたがり、Executionの鬼はExecutionの鬼と組みたがる。話が合うし価値観が近いからである。しかしこれでは3つのうちどれかが完全に欠落する。自分に欠けている能力を正直に認め、自分とは異なる能力を持つ人をリスペクトして巻き込む、というアプローチが現実的である。
関連概念
本記事で扱った創業チームの方法論は、AI時代の事業開発人材論である AXアーキテクト の土台層に位置付けられる。AXアーキテクトの能力構造は、本記事で扱ったBA能力(N+E+K)に、AI能力(AI Sprint / AI Orchestration / FPL)が積み上がる二層構造で整理されている。
創業チームが立ち上げた事業を、AIの力で1.5倍ではなく100倍化させる視点については 100倍化はAXの入場基準 を参照してほしい。
AIが生む100倍と、組織を動かす力の掛け算で事業の質的変容が起きる構造については Transformation構造論 で整理している。
書籍『AI収益進化論』の整理を踏まえ、AI時代における収益構造そのものの再設計を論じた 収益進化とは何か も、創業期の事業設計の視野を広げる上で参考になるはずである。
AIは効率化から、収益の創造へ。そしてその担い手は、N+E+Kを備えた創業チームから始まる。
出典
- 麻生要一「新規事業の実践論」(2019)NewsPicksパブリッシング / Amazon
- 株式会社Ambitions(AlphaDrive 100%子会社)「AI収益進化論──完成品製造コストゼロ時代の収益創造」(2026)https://axfr.ai/book
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